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松代地域の火災  天保元(1830)より明治20年までの火災。犬伏の火事祭り、祭礼時子供達の神輿、子供達のニジマスのつかみどり

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天保元(1830)年から 明治20(1888)年までの58年間に松代地域で20件の火災が ありました。平均して言えば、松代地域で2年おきに1件の火災が発生したことになります。 今からおもぺば、想像もつかいない頻度です。例をあげると次のようになります。
天保元1830年  池の畑  12軒  天保2年 犬伏 寺 (林蔵寺)  嘉永4(1851)  小池  7軒
安政元(1854)年 峠 1軒  安政6(1859)  田野倉  1軒  文久2(1862)  田野倉  1軒
明治7(1874)  松代 少林寺  1軒 明治10(1877) 小池  1軒  明治10(1877) 犬伏 2軒
明治11(1878)松代 1軒  明治11年 田代  1軒  明治11年  松代 6軒
明治16年 犬伏 4軒   明治16年 太平 1軒  明治17年  松代  1軒  明治19年 犬伏 35軒
明治20年  東山  1軒  明治20年 室野  4軒(学校)
中でもおおきのが明治19年7月27日の犬伏の火災です。その夜、村の北東から出火し、風に煽られ、火は西に向かって燃え広がりました。その数、35軒 当時は50軒前後とおもわれるから、村の大半が焼けたことになります。私の家も建て替えたばかりのおおきな家を失いました。古老の話では三日三晩もえ続けたということです。P1010688この夜は寝ないで火の用心をするということで空き缶を縄につなぎ村中を走り回る「火事祭り」が子供たちの行事として行われて来ました。左の写真がそれです。以前は一晩中空き缶をひきまわしました。
子供たちは昼から自分でひ缶をなわんい縛り付ける作業をおこないます。夜7時半頃になると、みんなが作業所前に集合し、「ワッショイ ワッショイ」の掛け声を掛け合いながら走り出します。
 

IMG_06665月の初め、村中で道普請をおこないます。 左の写真はその様子です。村中を6組み場所を分担しておこないます。 これが終わると神社の七つ参りの祭礼です。
参道を4つの組でおこないます。地震や大雨の災害でこの道が崩れ、長い間通行できませんでした。今は車もとおることができます。
道普請も村の高齢化とともに容易でない事業になっています。追々、方法、道普請の仕方も考えないといけない状況になっています。、

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8月17日 午前10時 集落内の子供達が神輿をかつぎます。今夜行われる「はだか祭り」の事前事業になります。20人ほどで集落内の小路を太鼓に導かれてまわります。
終わると担当の「五平会」から参加賞をもらって、次の行事「にじますつかめ」を行います。
お盆で帰省している子供たちも参加するので「ワッショイ、ワッショイ」の賑やかん)掛け声が集落内の響きわたります。

IMG_0006神輿が終わるとそのまま広場でニジマスのつかみ取りです。200尾のニジマスを競って捕まえます。それぞれバケツを用意しておき,ニジマスを順次いれていきます。子供によっては、バケツに半分くらいは捕まえます。一人ひとりの表情は真剣そのものです。昔からの行事ではなく、最近、若者が中心になって始めたものです。
子供の数が減少していく中で村に元気を取り戻そうとけやきの会、五平会などが工夫して行事に取り組んでいます。