松苧神社

左の写真は松苧神社の全景で、y1_20120106132025_14311200_1325823625標高360mの山頂に建てられた社殿です。 8間×5間の建物で、周りは回廊で囲まれています。祭神は奴奈川姫命と言われています。
祭礼は5月8日の「七ツ参り」と8月17、18日の「裸祭り」でいずれも近郷から多くの人々が集まり賑わいます。 4月の下旬に冬囲いの囲い板を外しラリ、屋根の落雪のシートを外します。 11月の冬囲いまで各地から参拝者が訪れます。
昭和53年5月31日 国の重要文化財に指定され
ました。

IMG_0016

右図は松苧神社の記載を拡大したものです。
山頂に社殿が見られ、その脇に
次のように説明されています。
「御神木五葉松 大同2 丁亥年
田村麻呂御建立
松苧大権現  」
大同 2年は平安時代初期で807年になります。                                    僧 空海が留学先の唐の国から帰国した頃で
1200年もの昔になります。

IMG_0342                                  この短刀は上杉謙信が小田原の北条氏康を攻め
の途中、松苧神社により、奉納したものと伝えられています。全長45,0cm、柄の長さ12,0cm、刀の幅2,5cm,反りお、2cmで、柄の部分に 「備州長船兼光」と刻印されています。松代の郷土資料館に レプリカが展示されています。
備州(岡山県)長船町(現瀬戸内市カ)で打たれたものです。山陽自動車道の備前SAの案内掲示板に「刀剣兼 光の里」という標識があります。以前ここを旅行した時、この標識を見て驚きました
案内の人に聞いてみると、現在は岐阜の多治見市に移ったということです。神社宝刀の生誕の地はここだったと驚いたものです。

IMG_0364_sh01上の兼光」と同じに上杉謙信が関東に出陣の際神                                  社により、この軍配を奉納したとされています。 木の材質は分からないが、1本の木を刻んで使ったものである。黒を背景に赤い丸が描かれている。 真言密教の大日如来・日輪を意味するものだろうか。これと同じ物が上越市愛宕神社にのこされているという。また、米沢し上杉神社にもこれと同じものが残されている。この軍配と上の短刀の見学者も多い。

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


*